障害者を排除する社会よりみんなで仲良く暮らす社会の方が良い

日々のこと

2016年に相模原の障害者施設「津久井やまゆり園」で起きた殺傷事件の裁判員裁判で、元職員であった植松聖被告に死刑判決が言い渡されました。

死亡したのは19名の入所者で、26名が重軽傷。

まさに戦後最悪とも言える殺傷事件。

日本で起きた同じような凶悪犯罪として名前が挙がるのは30名の死亡者を出した津山事件ですがこれは戦前の出来事。

まさか平成の時代になってそれに近い凶悪犯罪が起こることは誰も予想できなかったはずです。

植松聖被告は「意思疎通が十分にできない障害者には人権がない」「社会の為にやらなければならない」という主張をし続けていて、「どのような判決が出ても控訴しない」と言って死刑が確定。

弁護側は「大麻の乱用で刑事責任能力はない」と無罪を主張しましたが、事前に自分よりも体格が良い職員の勤務日程などを調べており計画性があるなどとして弁護側の主張は退けられました。

いかなる思想・理由があろうとも19名の命を奪った被告人を我々は受け入れることは出来ないし、今後我々の社会に復帰することは望みません。

19名の尊い命を奪った罪は重大で、我々の社会に戻ってきてもらうことは無理です。

日本にはまだ死刑制度があり、そのことを批判する団体もいますが(アムネスティーインターナショナルなど)、今回の事件は死刑ではまだ刑が軽すぎると思えるくらい重大な犯罪です。

しかし、一点だけ私にはどうしてもやりきれないことがあります。

それは精神疾患・双極性障害の家族を持つ一人としては、やはり植松被告のような考えに至ってしまうケースがありうるという点です。

障害を持つ家族を支えるのは、実際に体験してみなければわからないと思いますが、想像よりもはるかに大変で孤独です。

家族なのに自由に意思疎通が十分に出来ないというのは本当に辛いことだし、何十年、一生世話するとなると自分の将来のことも諦めなければいけません。

私は、大人になった今はある程度自分の将来についても諦めがついた、というよりも割り切って考えることが出来るようになりましたが、学生の時は「今後一生精神病の母の面倒を見なければならない」という強迫観念に押しつぶされて暗い青春時代を過ごしました。

10代の私にとっては自分の将来を潰された気がして本当にショックでした。

今でははっきり覚えていませんが、自分の感情をしっかりコントロール出来なかった当時の私はうつ状態の母に自殺するようほのめかしたこともあると思います。

うつ病の母も辛いし、支える家族の同様に辛い。

だから原因である母が死ねば全て解決する。

そんなことは絶対に言ってはいけないのはわかっているのですが、当時の私はそれくらい辛かったのです。

私が今回の事件でやりきれないのはこの一点です。

植松被告の犯行は到底許されることではありませんが、私もかつて同じ考えを持った人間なのです。

植松被告は犯行に及ぶ前に衆院議長の公邸を訪れ、「私の目標は重度障害者の方が家庭内での生活、及び社会的活動が極めて困難な場合、保護者の同意を得て安楽死できる世界です」などと書いた紙を渡していたそうです。

もし植松被告が今回の犯行に及ばずに、この主張(思想)だけを持っている一般人だったとしたら私は彼に一部共感していたでしょう。

しかし「保護者の同意を得て」と自分で言っておきながら彼は自らの手で犯行に及びました。

この矛盾において彼の思想は単なる差別主義に成り果てました。

何度も書きますが、残虐な差別主義者である彼を我々の社会はもう二度と受け入れることは出来ないでしょう。

私のように障害を持つ家族の世話に絶望し家族の死を望んでしまう人間、そして植松被告のようにそれを自らの手で実行してしまう人間。

こういう人間を生み出さない為にも、障害者とその家族を社会全体で包摂できるような雰囲気としっかりとした支援システムを作る必要があります。

障害者を腫れ物のように扱い排除する社会よりも、自然に受け入れる社会の方がその家族にとっても住みやすいし、社会全体にとっても良いんだと思います。

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