自分だけが不幸で周りが羨ましかった学生時代。彼女も出来ず。

愚痴

母がうつ病になったのは私が小さい頃らしいです。

でもまだ深刻な状態じゃなくて普通に仕事(医療従事者)が出来ていたので特に問題はありませんでした。

私も小さかったから母がそんな病気になっているなんて全く知りませんでした。

そもそも小学生の時はうつ病という病気があること自体も知りません(鬱という漢字すら難しすぎて知りません)。

母の病気のことに気付き始めたのは多分中学生の時。

はっきりとは覚えていませんが、確か母が精神障害者手帳を私に見せてくれたんだと思います。

その時に確かうつ病のことも知りました。

当時はまだ反抗期で普通に「死ね」とか言っていた時期だったので、うつ病のことには特に関心がなく、単純に母が「障害者」であることにショックを受けたような記憶があります。

私が中学生だった15年~20年くらい前は障害者に対する偏見が多少残っていたように思えます。

しかもそれが自分の母親なわけですから相当ショックだったんだと思います。

そしてうつがひどくなって仕事をやめたのが私が高校生の時。

詳しくはここで書きませんが、高校生だった私にとってうつ病の母がいることは言葉に出来ないほど辛いものでした。

学校に行けば同級生はみんな高校生らしく部活に励んだり、友達と遊んだり、彼女を作ったりしていて、自分の存在が苦痛でした。

しかし家に帰ってもうつ病の母がいて、まるで人形のように固まったまま動かない。

辛いとか苦しいとかを通り越して「消えてしまいたい」と思っていました。

毎日駅のホームの端っこまで歩いて向こうから来る電車を見ながら「今飛び込んだら楽になれるな」と度胸試しをしていました。

突発的にやりかねないくらい私の精神状態も悪い状態でした。

どうして自分はこんなに不幸で、周りの同級生は楽しそうなのだろうと本当に悔しい思いでいっぱいでした。

学校にも行きたくなくなり、とは言っても家にいるのも辛いので午後の授業から出るようになるとクラスのみんなに「社長出勤」とからかわれ、地獄にいるような思いをしました。

今はもうなんとも思っていませんが、当時は本当にクラスメイトのほぼ全員を●してやりたいくらいの恨みがありました。

「俺だって普通に学校に来て、普通に友達遊んで、普通に彼女を作りたいのに」

ただそのことだけを考えていました。

幸い勉強は出来る方だったのでそのプライドだけはへし折られない為にも、毎日しっかり予習と復習をやりました。

模擬試験では学年の上位に食い込むことが当たり前になり、周りからは「アイツは頭がいい」と思われるようになったのが唯一自分が持つ矜持となりました。

でも勉強よりもやっぱり恋愛をもっとしたかったという気持ちが正直なところです。

当時少し気になっていた一個下の女子ともっと仲良くなるか、自分の気持ちを伝えられればよかったのですが、自分の今の精神状態だったり、うつ病の母がいることを彼女が理解して受け止めてくれるのかと考えるとそれは難しいことでした。

今思えばわざわざそんなこと気にせず告白すればいいと思うのですが当時の自分にはやはり難しいことだったんだろうと思います。

ちなみに高三の時に彼女が同じ部活(バトミントンかな)イケメン男子と手を繋いで歩いているところを見かけて私の気持ちは淡い思い出となりました。

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